自ずと道はbonheur〜♪

写真を中心にパリの出来事、旅、備忘録を含めた写真家ブログ

乾いた世代の好きなことの見つけ方

乾いた世代 

 

今の30代以降は乾いた世代と言われている。

 

乾いた世代とは、生まれたときから食に困ることもなく、

なんにでも手に入る世代だと言われている。

 

そのような環境で育っていると、物欲が特段あるわけでもなく、

さらに上の世代のように、出世して、高級車に乗って、高級レストランに

行くのが夢だ。

 

なんて、そのようなバブルな夢を持ち合わせていない。

 

だからこそ、多くの人が自分の好きなことがわからない、

これがしたいんだという強い欲望というものが

なかったりする。

 

自分が好きなことが見つかった人、これだというスキルを

持っている人が羨ましく思えてくる。

 

そして、自分はこのままでいいのか、と悩んだり

モンモンとするのが普通なのかもしれない。

 

そして当然私もそうであり、

この自分が好きなことをどうしたら見つけられるのか、

この10年ぐらい追いかけていたような気がする。

 

なんだかんだで10年後に、自分が好きなことが

見つかったかというと、

 

んーーー

 

という感じ。写真は好きだと思ったけれども、

どうやら海外で写真を撮るのは楽しいけれども、

日本で写真を撮るのはそこそこ。

 

だなと、日本に戻り1年間写真をやってみての実感です。

 

なので、引き続き自分が好きだと思うことを追求していこうと

思っています。

 

では、自分が好きなことを見つけるにはどうしたらいいかというと。

 

 

自分が楽しいと思うこと、心が踊ることはなんだろうかと

常にセンサーをオンにしておく。

 

実際にやってみる。

 

これが一番重要かもしれません、やってみないと面白いか

どうかなんてわからない。

 

やってみて面白くなければ、別のことをやる。

そしてそれも面白くなければ、また別のことをやる。

 

この姿勢を続けていけば、自然と何か面白いと

思えることにめぐり合います。

 

だからやってみること。昨日ホリエモンのYoutubeを

見ていたけれども、ホリエモンはゴルフ理論と言っていました。

 

あれだけ多くの人がお金を費やしてゴルフに情熱を

かけているのだから、面白いに違いない。

 

けれども、それはやってみないとわからない。

 

結局、やってみないとわからない。

 

長い目で見て、10年以内に自分が面白いと思うことが

見つかればいいやと、長期的な視点で様々なことに

挑戦していくことで、自然と自分が好きなこと、

見つかると思います。

 

イスラム圏のお菓子の甘さについて

イスラム圏のお菓子の甘さ

 

旅をしていて思うことは、イスラム圏のデザートは格段に

甘いという事実。

 

アメリカのお菓子を超えるような甘さである。

 

なぜだろうかと思っていたけれども、意識的にお酒を

飲まなくなってからその理由がわかった。

 

 

お酒は、飲むと味そのものというよりも、飲んだ後の

酔った感じが面白いから飲むというのが本質的なお酒の

美味しさでもある。

 

そして、この感覚をイスラム系では禁酒のため体感することが

できない。

 

そこで、お酒に変わるものとして、とびっきりの甘いお菓子を

食べることで、脳内をスカッとさせている。

 

だからこそ、イスラム圏のお菓子というものは、格段に甘い。

そして、旅先で多くの人がコーラを飲んでいたのもの納得がいく。

 

何か気分を変えてくれるものに人は依存してしまう。

コーヒーも、飲んだ後のカフェインの効果で、スッキリするような

気分にさせてくれる。だからこそ、これだけ世界中で飲まれている。

 

そんなことをお酒を飲まなくなったことで、やっと理解ができてきた。

 

お酒を飲まなくなることで、

睡眠の質が上がり、経済的にもお得である。

 

そして、その反動で甘いものが欲しくなっていく。

 

これが禁酒の効果と言えようか。

 

日本の人口減少問題

日本の人口減少問題

 

2025年以降、毎年150万人の人口が減少してくようだ

 

toyokeizai.net

 

2020年は東京オリンピックで、それが終わると日本は本格的に

人口減少問題に向き合う必要があるだろう。

 

2020年から2025年までの間に埼玉県の全人口が

いなくなってしまうぐらい、日本の人口が減っていくようだ。

 

そうなってくるとこれまでの日本の構造が根本的に変化する

必要があり、これまでの日本の政策の見直しが必要となる。

 

そもそも家なんて今買う必要もなく、言って見ればどんどん

土地があまってくるわけだから、家の価値も下がってくるのだろう。

 

例外としてこれまで以上に都市部に人が住むようになり、

東京の中心部は、まだまだ土地代は下がらないと思う。

 

人口減少は、以前から言われていたこともであり、

いよいよ現実なってやってきた問題とも言える。

 

 

 

この少子問題は、日本だけでなく韓国も同様であり、

韓国もいよいよ人口減少へ向かっていく。

 

www.nikkei.com

 

どちらも社会保障をどうする、移民受け入れる必要があるかの議論など

が行われていくことになるだろう。

 

けれども、寿命が長くなると、産む子供の数が少なくなるのは、

相関関係があるようだ。日本、韓国共に長寿国家であり、人口が

減っていくのは政策云々でもなく、自然なことでもある。

 

そもそも国民の人口が減ることは問題なのだろうか

 

よく言われるのが、国の財政が収入が減り、

社会保障の支出が増加する。だから、働き手を増やす必要があり、

よって人口ピラミッドの下の部分・若者)の割合を増やす必要がある。

 

というのが、一般論。

 

けれども、一番は人々が幸福度を高くして人生を過ごせるか

どうかでもある。

 

人口が減ることにより、求人が増えていくので、失業率が下がる。

人口減により、通勤者数の減少(?)によるストレス低下。

 

これまでの国家の財政システムから、根本的に変化。

 

人手不足によるロボットの代用が進み、AIを導入することで、

高い知的生産性を生み出す、職場環境。

 

子育て世代により手厚いサポート、法整備がより一層進む。

 

今後高齢者が増えていき、社会保障費をどうするんだという

反論に対しては、

 

自衛隊費を徐々に減らしていき、社会保障と借金の

返済に当てる。

 

www.jcp.or.jp

 

高額な戦闘機を買う予算を、国民の福祉へ向けていく。

 

いずれは北朝鮮も崩壊し、北朝鮮の脅威すらなくなる。

もっと言えば、人々は国家間で争うという概念もなくなり、

世界から戦争がなくなるので、全世界で軍事費が必要ではなくなる。

 

世界的に軍事費→社会保障、ベーシックインカムへと向かうのが、

自然な流れのように思います。

 

完全に甘い見通しと言われるかもしれないですが、

要は人口が減っていくのは自然なことであり、

そのことを甘受していく。

 

それに合わせた、構造に変化・対応していくことで、

21世紀は進んでいきましょうということな気もする。

 

 

写真家ヨシダナギさんの講演会に参加して

ヨシダナギさんの講演会に参加して

 

昨日、写真家ヨシダナギさんの講演会に参加した。

 

以前から知っていた写真家であり、一度お話を

聞いてみたいと思っていたので参加できてよかった。

 

そもそも日本で写真家の講演会に参加するというのは、

初めてだったので、参加すること自体が初めてでもあった。

 

最近、写真へのモチベーションが下がっていたので、

そんな自分に燃料が必要でもあったのも理由にある。

 

参加後思ったことは、写真を続けていこう、写真っていいなと

思えたこと。

 

印象的な話として、エチオピア南部に住居している部族を

訪れて撮影した写真がとても綺麗であり、素敵だった。

 

そこに向かうだけでも、エチオピアの空港から車で3日

ほどかける必要があるようだ。しかもそこには日本にいる千倍以上の

強力なダニがいるため、3日滞在するとダニに喰われて

体が動けなくなるらしく、滞在期間は3日間だけのようだ。

 

美しい、心を奪われる写真というのには、

撮る人の思いや時間をじっくりとかけているのだと改めて

思えた。

 

パリの写真学校にいたときには、毎週のように写真家の

講演会が授業の一環であったので参加していた。

 

そこで覚えているのが、パリのホームレスの女性らの

写真がとても印象的だったのを今でも覚えている。

 

ホームレスだった人たちは、受け家施設で過ごしており

そこで暮らす女性らの写真を撮ったもので、すごくよかった。

 

その写真を撮るのに、写真家自体がその施設に2年ほど

生活して、ともに時間を過ごし、コミュニケーションをとり

信頼関係を築いてから3年目に撮影した写真であった。

 

写真は、不思議と写真家と撮影されたモデルとの間の

関係性が普通にわかってしまう。

 

家族写真はやはりお互いの過ごした時間が長いからか、

温かいものを感じるし、一体感を感じる。

 

そうではなく、その瞬間の初対面での撮影となると、

なんとなく深みを感じないような写真の印象を与える。

 

写真は撮ること自体は簡単だけれども、

人に何かを訴えさせるような写真を撮るとなると、

話は別だ。

 

そんなことをヨシダナギさんの講演会に参加することで、

考えることができた。

 

また、再び写真頑張ろうと思えた。今日は、運動会の撮影が

あるけれども、いい写真を撮れるようにしていこうと思う。

過去も未来も存在しない

本質的には、自分は普遍であり、そのままである

 

昨日、突然学生の頃の感覚を取り戻した。

 

具体的には、学生だった頃に感じていたこと、

思っていたこと、その当時の自分のフラッシュバックした

感じがする。

 

昔の自分に周波数に今の自分から周波数を変えたような

感じだ。言うなれば、チューニングを変えて、ラジオを

別のチャンネルに変えたようなものだ。

 

昨日がちょうど台風が東京に直撃するタイミングでもあったから

だろうか。それともたまたまなのかわからない。

 

その学生の頃に戻った時に気づいたことは、

時間とは直線ではない。全て今でしかない。

 

過去も未来もない、あるのは「いま」だけなんだと。

 

この辺りの感覚を説明するのは難しい。

 

けれども、以前から物理の世界では、この時間というものを

説明されており、ただ私たちがこの地球に住んでいると、

体感としては時間を直線的に感じるためか、

なかなかこの時間は幻想であるというコンセプトを

うまく受け入れらない。

 

昨日は、ひょんなことからこの時間は

幻想であるということを素直に受け入れることが

できた。

 

時間は幻想であり、過去も未来も今にある。

それが昨日の気づき。

 

 

幸福の追求とは。

幸福とは、自分がワクワクすることを追求し続けることではないか

 

いくらお金がもらえたとしても、自分が楽しいと思えていなければ、

それは結局お金のためとなり、幸福感を得ることが難しい。

 

ではどうするか、簡単でいいから今から、

自分のワクワクするようなこと、感情がプラスに感じることを

行動に移していくことである。

 

難しいことではない。特別なことではない。

ただ、瞬間瞬間に自分が楽しいと思えることを、

選択するというい習慣がこれまでなかったのだのと思う。

 

学校に行きたくない、勉強したくないと思っていても、

行かなくてはならない。勉強しなくてはならいない。

 

そんな風に、これまで育ってきてきて、

嫌でもやらなければならないと思い込まされていた。

 

それが当たり前だと思っていたからである。

 

平日は仕事があり、なかなか自分が好きなことを

選択できない場合は、まずは休日だけでも、

自分が今心地よいと感じること、わくわくすることは

なんだろうかと、自問してみるといい。

 

そして、その浮かんだことを実際に行動することを

やってみることだと思う。

 

なにもそこまで難しいことはない。

至ってシンプル。

 

これは自分自身にも言い聞かせている、

そしてそうでありたいと思う。

 

自分が読みたいものを書く、

そんなことを実践しています。

 

読みたいことを書けばいいを読んで、転職について考える

本から転職活動について考える

 

「読みたいことを書けばいい」という本を書店で立ち読みしており、
久しく描いていなかったブログを書こうと思い立ちました。

 

書くことは、1人のベンチャー企業とも行っていましたが、

書くことで自分の考えや学んだことを共有することができるので、

確かに書くことで、自分の考えも深まり、そしてそれを読んだ人に

少しでも何かのきっかけになればとは思います。

 

ということで、久日ぶりに更新しようと思っています。

 

さて、現在はメッカ転職活動中なのですが、

転職がすぐに決まるものだと思ったのですが、転職活動をしてから

およそ1ヶ月半が経過していました。

 

意外と決まらないものでもあり、いわゆるお祈りメールが

来るとやっぱり凹んでしまいそうになります。

 

それと不思議なもので、もう転職しようと思い活動しだすと、

転職活動をまるで辞めさせたいのかと思うタイミングで、

写真の仕事がやってきます。

 

以外のこのまま写真だけでも、いい感じに行くのではないかと

錯覚を受けそうな気もしてきます。

 

さて、転職活動は、自分の人生を考えるきっかけにもなり、

転職は今すぐにしなくても、転職活動をするというのは、

今後の人生を考える上でも面白いのではと思います。

 

やはり、私も転職活動をし出してから自分の未来、
将来を考えるようになりました。

 

面談で、5年後の自分、10年後の自分はどうなりたいですか?

なんて聞かれたものの、そんなことを考えていなかったので、

咄嗟には思いつくこともありませんでした。

 

そんなことも、転職活動を通じて考えさせられる機会にも

なります。

 

さて、一応これからも転職活動は続けていくつもりですが、

 

誰かの言葉で、

 

「転職活動は積極的に、でも転職は慎重に」と行っていましたが、

言い得て妙だなと思いました。

 

様々な業種を知ることもでき、普段せっすることのない会社の

様子を見れたりもします。

 

みなさんも、転職活動どうでしょうか?

 

 

フランスから日本に戻ってから1年が経過しようとしている

もうすぐ日本に住んで1年が経過しようとする

 

パリで3年間生活して、あんなに日本に戻りたくないと

思ってから9月24日で1年が過ぎようとしている。

 

振り返ってみるとあっという間であり、実際に日本。

とりわけ東京に住んでみてどうかと思うと、悪くない。

 

むしろ快適ですらある。今、パリに戻りたいかというと、

正直しばらくはいいかなと思う。

 

東京がめちゃくちゃいいから、そんな風に思うのかというと、

わからない。

 

けれども大きな理由として、子供がいることである。

今は、保育園も家から数分の場所にあり、親も忙しい時には

助けてくれる。

 

何も、海外に行ってサバイバルする必要もないなと思う。

 

東京は住んでみると、悪くない。

自然が少ないし、公園でリラックスできるような場所が少ないとは

思うけれども、便利であり、何か買い物で困ることはない。

 

日本には変な人がたくさんいると思ったけれども、

この1年間住んでみて、変な人がいるわけでもなく、

仕事で携わって人もみな、親切でサンパであった。

 

もはや働き方改革のためか、

以前ほどみなが行きたくないけれども会社に行かなければ

ならない、負のエネルギーが漂っていた電車内も

様子が変わった気がする。

 

みなおもいおもいにスマホをみて、自分の時間を楽しんでいるように

思える。

 

しばらく日本にいないあいだに、全てが変わってしまったのだろうか。

いまだに少し浦島太郎のような気持ちでいる。

 

そして、フランス語はめっきり使うことがなく、急速にフランス語力

が低下しているのがひしひしと感じる。

 

日本に戻ってきた直後は、フランス語を今後も続けていこうと、

ネットでフランスのニュースを見ていたりしたけれども、

今ではほとんど見ることはない。

 

むしろ、Netflixで以前人気だった連続ドラマ「ロスト」にはまり、

毎日ロストを見ている。

 

今では、海外にいようがいまいが、家でNetflix見たり、スマホで

大半の時間を過ごしたりしていて、あまり場所が重要ではなくなって

きたのではないかとも思えてしまう。

 

なにはともあれもうすぐ、1年が経過しようとしている。

 

中学の同級生と久しぶりに、偶然にも会う

昨日結婚式で撮影していると、

中学の同級生と思われる友人がいた。

 

あちらは気づいていなかったけれども、

僕はすぐに気づいた。

 

中学3年生からおよそ18年の月日が経ったという、

時の速さに驚きを感じた。

 

けれども、自分の内面はあまり変わらず、

あの頃のままただ月日だけが変わっていったのだと、

その友人を見ながら思った。

 

こんな場所で出会うなんてなかなかないことであり、

偶然というものはすごいなと思う。

 

撮影に集中したかったから、その友人に話しかけることは

なかった。その友人が気づくこともなかった。

 

他人の空似かとも思ったけれども、その他の列席者の方が、

その友人の名前を呼んでおり、同性だったので

本人だと確信した。

 

月日は流れる。そしてどんどん自分たちの環境は、

変わっていく。今から10年後なんていうのも、

あっという間に過ぎてしまうのだろう。

 

どうせ過ぎていくのならば、充実した年月を過ごしたい

ものだ。その友人から見た僕はどんなふうだったのだろうか。

 

そのあたりも気になるところだけれども、

これがもっと歳を取り、80歳、90歳となると、

お互いめっきりと歳を取ってしまい、老化しているのだろうか。

 

ちょっとそれは嫌だなとも思うけれども、

そうやって人生を歩んでいくのだろう。

 

今日もまた、1日が始まる。

 

戦争のない地球へ

毎日ニュースを見ていると、いつ戦争がなくなり平和が訪れるの

だろうかと思ってしまう。

 

けれども、世界は少しづつ良くなっているなと思えてきます。

 

シリアの報道も以前に比べると小規模になり、
一応はイスラム帝国は崩壊。

今年の初めの頃に比べると、

シリアの情勢は良くなったと言えます。

 

そして環境問題。

世界中のひとがアマゾンの森林火災に対して、

関心を持ち、抗議活動を行うなど、みなでひとつになり火災を

止めたいという意識の共有を感じました。

 

自分の国が良ければいいという考え方も、20世紀型でもあり、

世界に目を向けた、世界レベルで物事を人々が考えれるように

なったことが、人々の意識が上がっているなと感じます。

 

気候変動やアマゾンの森林火災の環境問題により、

みなで行動する必要があるということに気づかされ、

人々つながり、連帯感が高まったとも言えます。

 

今後テクノロジーの発達と、人々の意識の高まりから、

世界はますます輝いていくのだろうという

気がしていきます。