自ずと道はbonheur〜♪

写真を中心とした出来事、旅、備忘録を含めた写真家ブログ

カトリック3大聖地の1つのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ行き、巡礼の気分を味わう。

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スペインのレオンから、さらに西に位置するサンティアゴ・デ・コンポステーラ

へと向かいました。

 

バチカンエルサレムと並ぶキリスト教の三大聖地と呼ばれており、

まだどちらも行ったことはないので、いずれは行きたいと思っています。

 

サンティアゴ・デ・コンポステーラ - Wikipedia

 

大聖堂は、旧市街の中にあるため車を駐車し、歩いて行く必要がありました。

当然、みなお目当は大聖堂です。

 観光客が大半でしたが、

歩いて巡礼の道を旅した人、仲間と自転車で旅した人など多数見かけました。

 

この人たちは、ここに到着した時に達成感は相当のものなんだろうなと、

観光客とは思い入れが格別であり、少し羨ましさを感じました。

 

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 大聖堂の中に入ると、豪華絢爛、装飾が豪華であり迫力があり、お金かけてるなー

というのが第一印象。

有名な場所だけあり、多くの観光客が訪れており、日本人観光客も

見ることができました。

 

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普通に大聖堂を観光するぶんには楽しめましたが、私はここへ行くと、

悟りがひらけるのではと、過度の期待をしていたこともあり、

これといって何も啓示が来なかったのが残念ではありました。

 

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 大聖堂の脇には大きな広場があり、そこで寝転がったり、カフェで

お茶をしたりと、みな思い思いに過ごしていました。

 

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私もそこで寝転がっており、いつの間にか寝ていました。

 

 

大聖堂の近くで寝たこともあり、どちらかというと寝たことにより、

なんだかレベルアップしたようなそんな気はしました。

 

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車での運転もあったので、疲れが取れたのは良かったです。

 

 

もっとじっくりと時間を味わってみたかったなと思いながらも、

その日の宿泊先はポルトガルポルトだったので、

 

夕方にサンティアゴ・デ・コンポステーラを出ることにしました。

 

 

 

続きは、次のブログで。

 

 

 

 

 

 

 

日本人がなかなか行かないスペイン北部、レオン王国の首都レオンに滞在。

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朝と夜とは、街の印象は異なるものです。

 

夜にはあんなにもガヤガヤと喧騒したいのにもかかわらず、街自体が

眠ったように静かでした。

 

ただポツポツと朝まで飲んでた人が、まだ数人騒いでいました。

 

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また、レオンはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼の道の

途中であり、巡礼者を何人も見かけました。

 

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レオン王国の時代の建物があり、独特の建物や色使いをしており、

朝の散歩楽しめました。

 

レオンの観光スポットでもある、教会へ。

 

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このレオン大聖堂、外観も迫力があり美しい姿をしていますが、教会の中の

ステンドグラスも美しく、見応えがありました。

 

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これまでも多数教会を見ており、あまり心が動かされないものは、

教会を一周したら即出てしまいますが、

 

この教会は、少し留まっていたいと思わせる教会でした。

 

 

 

ただ、この教会中は冷んやりとしており、冷えました。

 

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教会を出て大きな広場に面したカフェで温かいものをと、ホットコーヒー

を補給。

 

 

そして、ついでにデザートにチーズケーキを食べたのですが、

これがあたりで美味。

 

 

 

 

 

 

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 おみやげ屋さんには、レオンの写真など以外にも、

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼用に杖が売られており、

巡礼者へのおみやげも充実していました。

 

 

道を歩いていると、日本人の年配の男性の方が歩いていました。

 

これからサンティアゴ・デ・コンポステーラへ行くのですかと尋ねると。

 

実は韓国人で、これから歩いて行くとのことでした。

 

 

わざわざ韓国からスペインへ行き、巡礼の道を歩いて、

サンティアゴ・デ・コンポステーラへと歩いていく姿に、

一瞬の感動に近いものを感じました。

 

 

それほどまでに人を惹きつけるのはなぜだろうか。

 

そしてサンティアゴ・デ・コンポステーラという場所は、

一体どんな場所なんだという好奇心をより掻き立てられ、

レオンを離れました。

 

 

続きはブログで。

 

日本人はあまり行かないスペイン北部のサンセバスチャンからレオンへ!

 

サンセバスチャンで朝食をとり、次なる都市レオンへと向かいました。

 

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これが朝食。

朝からこんなに美味しそうなものが準備されており、

スペイン人は太らないのだろうか?

 

スペインは1つの国の中でも北と南では気候が全く異なり、

多くの人が抱くスペインのイメージは南のアンダルシア地方です。

 

 

サンセバスチャンは、スペインの北部であり山が多く、

緑が多いと言われます。

 

 

サンセバスチャンから、西へと車で走りました。

その間、スペインの自然のダイナミック景色を見ることができました。

 

 

途中、昼食を取ろうとパーキングエリアへ寄りました。

 

フランスもそうですが、多くの人が英語はしゃべれます。

スペインもサンセバスチャンは英語話せる人が多く、不自由することはなかったです。

 

 

が、このパーキングエリア全く英語が通じませんでした。

アジア人がいるということも珍しく、結構人に見られました。

 

なんとかジェスチャーでカフェとスペインのパンなるものを購入。

 

有名な観光地は、旅行者が多く本来の国の様子とは異なり、

その国の表面しかしることができません。

 

こういった、旅行者がいない所こそ、スペイン人の本来の姿を

垣間見ることができ、面白いです。

 

これも車で旅行の楽しみと言えます。

 

レオンの途中に、ちょっとした観光する街がありそこに寄ることにしました。

街の名前は、オビエドという名前です。

 

オビエド - Wikipedia

 

 

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日曜日なのか、人が少なく、少し寂しげな街の印象持ちました。

平日はどうなのでしょうか。

 

 

 

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たまたま結婚式が行われている時間であり、少し見学することができました。

 

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この街の観光スポットでもある、教会。

この教会、世界遺産に登録されています。

 

最後にスペインのカフェでエスプレッソを飲み、出発しました。

スペインのエスプレッソは、どこも少し酸っぱい味がします。

これがスペインエスプレッソなんですかね。

 

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オビエドからレオンへは、南へと南下する必要がありました。

ゴツゴツとした山が多く、5月初旬でしたが、山頂には雪が残っている

山もありました。

 

連なる山々の道を通り過ぎると、景色は一変。

景色のベースが赤色となり、まるでここはメキシコではないかと思うような

景色へと変化しました。

 

さっきまでの生い茂る木々がなくなり、土自体も赤土がベースとなる

地層となっていました。

 

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日が沈む前にレオンに到着。

 

レオン (スペイン) - Wikipedia

 

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このレオン、中世のことに栄えたレオン王国の首都でもあり、

その当時の教会や城などが現存していました。

 

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ガウディーが建築した建物もありました。

 

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 スペイン料理を食べに、旧市街へ足を運びました。

観光客、地元の人が多く、人気店では注文するのも一苦労。

 

ホテルの人から勧められたのが、この地方の有名なコロッケ。

楽しみにして、食べたものの、日本のお惣菜のコロッケとほぼ

一緒でアレっとなりました。

 

  

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次に人が少ないお店を探し、魚介系メインのお店で食事をしました。

 

ここの料理は美味しかった。

 

 

さらに、最後に帰り際にスペインのワインを飲もうとお店に入り、

ワインをそれぞれ一杯、そしておつまみなのかよくわからないが、

お皿にどかんと盛られた料理も出てきて食べました。

 

 

もうお腹いっぱい、会計しました。

 

 

これで10ユーロ切ってました。信じられない安さで驚きです。

パリだとこの3倍ぐらいの値段なのではないでしょうか。

 

 

美味しいものを安く食べられるのは、最高ですね。

 

 

 続きは、次のブログで。

 

美食の街サンセバスチャンへ、食べ歩くためにフランスの国境を越える。

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フランスのポワティエから、車で走ること4時間。

 

スペインのバスク地方のサンセバスチャンに到着。

 

このサンセバスチャン、現在は美食の街として世界中で知られており、

世界から観光客が訪れる街として知られています。

 

また、サンセバスチャンはスペインの避暑地としても観光客が訪れます。

私が訪れた時は、時期が早く泳ぐ人はいませんでしたが、

サーフィンをしている人はいました。

 

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まずは、景色の良い海沿いを軽く散歩し、サンセバスチャンの名物が置いてある

バルへと向かいました。

 

 

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お店に入ると、様々なピンチョスが置いてあり、見た目も華やかであり、

これぞ異国!スペインへ来たなと実感しました。

 

食べ物は旅行をする上で、とても重要ですね。

 

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その後、海の景色を見ながら、夜になるのを待機していました。

この街は、観光がメインではなく食べるのがメインですからね。

 

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サンセバスチャンに到着したのが、午後の3時を過ぎており、

お昼の時間帯が終わりにさしかかっており、行こうと思ったレストランに

行けず、夜の時間帯を予約したんです。

 

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上記の写真がサンセバスチャンの夜のレストランで出された食べ物です。

いやはや味は美味しいかったです。

 

海に面しており、魚料理も結構充実しているようでした。

 

 

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お腹もいっぱいになり、奥さんと一緒にバーで一杯飲みました。

 

 

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サンセバスチャンは、本来食べ歩きスタイルであり、お店で何品かピンチョスを

食べながら、飲む。

 

そして、また別のお店で食べて飲むというスタイルなんです。

 

夜は大勢の人が楽しそうに食べ歩きしていました。

 

お店がたくさんあり、行ったお店なんて本当にごく一部。

帰りにまた寄ろうと計画を立て、サンセバスチャンを出ました。

 

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続きは次のブログで。 

 

 

スペイン・ポルトガルへとフランスのパリから車で巡る、巡礼の春。

 

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日本の四国には88カ所を巡礼する四国巡礼と呼ばれる巡礼があるように、

西ヨーロッパにも巡礼が存在しています。

 

その巡礼として有名なものが、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路

と呼ばれるものです。

 

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 - Wikipedia

 

この巡礼路は、ローマ、エルサレムと並んでキリスト教の三大巡礼地と

数えられているそうです。

 

いくつか出発点が異なるルートがあり、フランスのパリから出発する

トゥールの道というものが存在します。

 

今回の旅では、フランスを南へ南へと行き、スペインそして、

ポルトガルへと車で旅行をする計画であり、トゥールの道と限りなく

近い形で旅を開始しました。

 

 さて、出発したのが金曜日の夕方、奥さんの仕事が終わり、仕事場から

そのまま車でスペインへと向かいました。

 

金曜日の夕方は、多くの人が仕事帰り、旅行へ出発と車が渋滞しており、

パリ市内を抜けるのに1時間ほどかかりました。

 

そこから、今日の目的のフランスのポワティエへ、車で5時間ほど

かかりました。

 

ポワチエ - Wikipedia

 

到着した時間は、ちょうど日が変わるか変わらないかの時間でした。

 

ポワティエの郊外のホテルであり、お店もあまりなくマックしか

空いておらず、その日はパーキングで購入したナッツを食べ、

お酒も飲まずのひもじい旅行初日でした。

 

しかし、それも明日に到着する美食の街サンセバスチャンが

あるからこそ我慢ができました。

 

 

続きは、次のブログで。

 

 

 

 

 

 

 

 

2週間かけ、述べ11カ国に渡る東欧旅行を終えて、終焉のフランスに到着。

 

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ドイツのバーデン・バーデンから車で5時間ほどかけて、フランスのパリへ

到着することができました。

 

2週間にわたる東欧の旅、振り返ってみると結構な弾丸ツアーだったなと思います。

 

とりわけ、欧米人は一般的にバカンスを一つの国で、ダラダラと過ごすのがバカンス

のようです。

 

 

そんな欧米人からみると、そうとうクレイジーな日本人と思われたと思います。

 

確かに、1つの国の滞在期間はどこも短いです。

 

 

 しかし、実際にその国へ訪れることと、訪れないことでは

自分の中の世界というものに対する考え方が全く異なります。

 

 

そして、自分が知らない国へ行けば行くほど、この世界、

地球というものを理解でき、そして世界というもの知ることができます。

 

 

海外に行ったことがない人が、世界というものを知ることができるでしょうか?

 

 

今回の旅で、様々な国へ行き、当然、言語が異なり、文化、歴史、

そして慣習、人種、肌の色が違いました。

 

けれども、根底の部分はみな同じであり、同じ人間なんだということが

わかりました。

 

 

そして、ニュースで毎日のように起こるテロや紛争、戦争など世界の

どこかしらで起こっており、どうなっているんだと思わず思うものの、

人は誰しも平和を願っており、そして幸福に暮らしていくことを

望んでいるんだと、感じました。

 

 

今回新たに行った国は9カ国になります。そして、全部で11カ国を

2週間近くかけ旅行することができました。

 

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人が成長するためには、本を読むこと、人と話をすること、

そして旅をすること。

 

 

旅の良さを改めて、実感できた東欧旅行の旅でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツのバーデン・バーデンでまさかの男女混浴の温泉に入るとは!

 

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旅も終わりに近づき、我が家のフランスパリへと、チェコプラハから

車で向かうわけですが、

 

ざっとGoogle mapで調べてみると約10時間はかかるようです。

 

 

さすがにこれは大変であることから、最後は旅の疲れも癒すために、

ドイツのフランスのアルザス地方に接しているバーデン・バーデンで宿泊

することにしました。

 

 

このバーデン・バーデンはドイツの温泉街として有名であり、

ローマ帝国の時代から温泉があったようです。

 

 

バーデン・バーデンまで車で5時間の距離でしたが、

この5時間が結構疲れました。

 

ドイツでのアウトバーンを通ったため、本当にドイツ人は

スピードを出すんですよね。

 

フランスの高速道路は時速130キロが制限速度であり、確かに

普通車の人はいつもそれぐらいで走っています。

 

ちなみに日本の高速道路時速100kmなんですね。今、ネットで調べていて

びっくりしました!

 

 

こんなに遅いとは・・そして、ドイツでは基本制限速度がないので、

本当にみな、とばします。

 

 

時速130kmでも前の車の車間距離が開くことも多々有ります。

 

 

 

そのため、なかなか気を抜くこともできず、到着すると

ドッと疲れが来ました。

 

 

 

 さて、バーデン・バーデン。

この街は2回目ですが、前回はこの街が温泉街ということを全く

知りませんでした。

 

今回が初めての温泉となり、早速温泉へと向かいました。

 

向かった先が、フリードリヒスパと呼ばれる温泉です。

 

曜日により、温泉が男女別でもあり、混浴でもあるようです。

 

あまり気にせず、行ったのですが、その日は、混浴の日でした。

 

受付で、裸となって風呂に入るがいいかと聞かれ、

OK ! OK !と気楽に返事してました。

 

どうせ、みな水着のようなものを来てお風呂へ入るのだろうと。

 

しかーし、お風呂の最初の段階のシャワー室へ入ってみると、

全員本当に裸。スッポンポンでした。

 

 

あまりの異文化に最初はあっけに取られました。

 

本当に裸だ!

 

 

さいわい男性は、まーそれならば郷に従えと、わりと裸になることに

抵抗はないと思います。

 

 

私もそれならばと、裸になりました。

 

 

問題は、女性の方ですよね。奥さんは最初かなり抵抗がありました。

 

次の部屋がサウナ室で、そこにへ本当に裸の女性の人がスッポンポンで

サウナしていました。

 

 

そして、その女性は裸で瞑想のポーズを取っていたりと、

あっけにとられました。

 

 

他の女性も裸であり、もちろん男性も。

 

 

 

みな裸でした。

 

 

温泉自体は、いくつものお風呂、サウナがありとても楽しかったです。

 

 

 

そして、この旅で一番の思い出深い思い出となってしまいました。

 

なんだか、一皮向けた気がしながら、ドイツのバーデン・バーデンを

後にしました。

 

 

続きは、次のブログで。

 

チェコのプラハでは、歴史、音楽、文化、そしてプラハの春、ピロード革命とてんこ盛りであった。

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プラハの観光名所のプラハ城も見終わり、お昼も過ぎたことから昼食を

食べることにしました。

 

新たな国へ行った時の醍醐味とも言える、その国の料理を食べることで

その国を知ることができます。

 

ということで、ビール飲みました。

 

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地球の歩き方チェコ編を見るまで、チェコビールが世界的に有名だという

ことを知りませんでした。

 

そして、チェコ人はビールの消費は世界一だそうで、ビールで有名な

ドイツ人以上に飲むようです。

 

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チェコは肉料理がこの国の料理として一般的なようですが、

出された量が思った以上にボリューミーであり、全部食べきるのも困難でした。

 

 

さて、昼食を終え、プラハのメインの観光地でもあるカレル橋へと向かいました。

 

このカレル橋は、プラハ城からも見ることができます。

昼間は本当に大勢の人が、この橋を観光で来ており、人で埋め尽くされる

といってもいいのではないでしょうか。

 

 

 

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昼間から飲んだこともあり、カレル橋の写真を撮っておりませんが、

この上の写真の右側の橋がカレル橋です。

 

 

 カレル橋を渡り通りが旧市街の広場へと繋がっており、

無数の通りがあり、どの通りの両側に観光客向けのお店がありました。

 

時間の関係上、美術館へ行こうということになり、

まず今日本でも人気になりつつある、ムシャの美術館へ向かいました。

美術館自体は、そこまでは大きくはないですが、人気があるためか、

何人もの日本人を見ることができました。

MUCHA museum

  

 

プラハの春という言葉は知っていたのですが、チェコが旧社会主義時代、

変革を求めた学生たちにより行動が、結局のところ失敗に終わり、

このことをプラハの春と呼び。

 

 

その後、年月が過ぎたのちにピロード革命により共産主義が倒れ、

新たに資本主義国家へと変化したということを学べました。

 

 

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そんなチェコの時代の変遷に想いを馳せながら、

次なる観光スポットの旧市街広場へと向かいました。

 

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この広場には、ヤン・フスの像や有名な時計台、教会など様々な建造物があり、

見所です。

 

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プラハは様々な観光名所があり、そして昔からの文化もあり、

社会主義時代から資本主義国家へと移り変わりった経験もありと、

盛りだくさんの都市でした。

 

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そして、忘れてはならないのが、教会内のオーケストラの演奏です。

様々な教会でオーケストラの演奏が行われており、音楽の街でもあるんですよね。

 

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そんなプラハでの旅も終わり、最後の最寄の国のドイツへと、

西へ西へと向かうのであった。

 

 

続きは、次のブログで。

 

チェコのプラハで宿泊。中世の街並みが現存されており、プラハ城はオススメの観光スポット。

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ようやく今回の最終目標のチェコプラハへと到着。

昨日の夜中1時に到着したため、街は暗く、街がどうなっているかよく

わかっていませんでした。

 

 

宿泊したホテルからの眺めが美しく、街全体が古きヨーロッパを

良く残しているような街並みでした。

 

 

この景色、日本人は絶対に好きですね。

 

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宿泊したホテル自体に外に出れるカフェも付いており、優雅に過ごせました。

プラハは、優雅に過ごすことが最もあう街ではないかと思っています。

 

昨日の運転の疲れも、朝ごはんと優雅な時間を取ることで、だいぶ取り除けました。

 

 

ということで、プラハの観光地へと向かいました。

 

 

まず、向かった先は一番の観光スポットでもある、プラハ城へ。

 

 

この城の中には、様々な観光スポットがあり、この城をじっくりと

見て回ると1日を要するようです。

 

 

 

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プラハ城の城の正面の門・両側には衛兵が常時立っている

 

 

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プラハ城の中でも、一番の見所となるのが、聖ヴィート大聖堂でした。

はっきり言って、これまでの旅行及びフランスで生活しているので、

教会は結構お腹いっぱいです。

 

あまりインパクトを受けることもなく、まーだいたい同じだなという感じでしたが、

この教会は単純に良かったです。

 

教会の中のステンドグラスはとても美しく、展示されているものも

どれも相当貴重で高価なものが置いてあるんだとわかるモノが多く存在して

いました。

 

 

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日本でも人気が上昇中のミュシャのステンドグラスも飾られており、美しいです。

 

 

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そして、この像も教会内に置いてるあのですが、全部銀で作られており、

総使用量は約1トン使われているようです。

こういった作品がいくつもあり、見ごたえは抜群です。

 

 

その他にも、王宮が別にあり、王宮も探索することも可能です。

 

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聖イジー聖堂も、プラハ城の中にあります。

 

 

 

 

 

 

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プラハ城自体が坂を登ったところにあるので、プラハ城の城の広場から

プラハの街全体を見渡せます。

 

日本のように近代的な建物があまりなく、本当に中世の街並みを

市民の努力によって維持しているのだと思いました。

 

 

 

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 また、この広場にはスタバもあります。一番上は天井がなく、

プラハの街を見下ろすことができるんです。

 

私はスタバに立ち寄りませんでしたが、機会があれば休憩がてら

訪れてみて、景色を見るのもいいかもしれません。

 

 プラハの街は、昔の街並みが良く残っており、普段日本で

生活している人が、旅行でプラハへ行くと、思いっきり街並みが

や文化が異なっているので、異文化を体験できると思います。

 

これまで訪れた国よりも、多くの日本人観光客を見かけました。

治安も良さそうであり、オススメの国と言えます。

 

 

 

続きは、次のブログで。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンガリーからアウシュビッツ収容所へ、そして最終的にプラハへ。1日1000キロ走行敢行。

 

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当初、今回の旅は2週間かけて、まだ行ったことのない国9カ国

車でまわる計画でした。

 

しかし、予定よりも1日出発が遅れ、かつ出発日も家のお風呂の

水詰まりが原因で午後に出発したことから、予定出発よりもだいぶ遅れての

出発。

 

その為、ハンガリーのブタペストから、次はポーランドクラクフ

行く計画でしたが、残りの日程及び走行距離を考えると、かなりきついと

判断し、今回の旅ではポーランドをパスし、二日へと向かいチェコ

プラハへ向かうことにしました。

 

 

ブタペストからチェコプラハまで車で5時間かかるとのことでした。

その間に、スロべキアを通ることになり、この前行ったブラチスラバ

車から景色を眺めつつ通過しました。

 

そして、初めての国チェコへと国境を越えました。

 

それにしても、このチェコの国を運転して思うのが、至る所で道路工事が

頻繁に行われていました。

 

 

かつての日本の田中角栄時代のような、国土全体でインフラ設備を

整えているような感じです。

 

そして、チェコのブルーノから別の道へ切り替えの際、

あまりの複雑さに別の高速道路へと入ってしまいました。

 

どうにか道を修正しようとしたものの、中々途中で降りる場所が見つからず、

20キロほど道に沿って、進んでしまいました。

 

そこから戻るとなると、同じ道を20キロ走ることになり、

奇しくも、謝って進んでいた道は当初予定していたポーランドへと向かう道でした。

 

 

それならばと、どうせならまだ行ったことのないポーランドへ行くかと、

急遽ポーランへ向かうことにしました。

 

 

ホテルは事前にチェコプラハに予約しており、キャンセルができないので

夜中に到着を覚悟しました。

 

 

そして、ちょっと寄れる場所で、チェコよりとのことで、あの有名な

アウシュビッツ収容所を訪れることにしました。

 

 

 

そこから約3時間ほどかかり、ようやくアウシュビッツ収容所がある

街へと到着。

 

街自体には人が住んでおり、そこで普通に生活している人もいました。

 

 

私としては、戦時中に数万人に上るユダヤ人の大量虐殺が行われた場所でも

あることかr、現在収容所の近くに、人が住んでいるとは思いもしませんでした。

 

 

月日が経過し街自体も少しづつ再生へと向かっている証拠とも言えるのでしょうか。

 

 

さて、いざアウシュビッツ収容所到着。

 

 

目の前には塀に囲まれた、無機質な建物が並んでおり、映画やTVなどで

見たあのアウシュビッツ収容場がありました。

 

 

本当の世界が目の前に、普通に存在しており、私がこれまで歴史で

学んび、本などでも度々出ていた収容所が目の前にあるということが、

信じられず。

 

どこか現実に目の前にあるものが、自分の中でピンと来ず。

どこかリアリティーにかけるというか、あまりにも自然にそこに

存在しているのが信じられませんでした。

 

 

中に入って見学したかったのですが、等尺したのが夕方であり、

中を見学することができず、残念ながら外から見学するのみとなりました。

 

 

 

しかし、実際にアウシュビッツ収容所を見ることができて良かったです。

 

 

ここから、チェコプラハまで車で5時間。

 

 

ナビもなかったので、日が沈む前に出発しようと、そこを離れました。

 

 

そして、またポーランドからチェコへと国境を越え、ところどころ

休憩をしながら、夜中の1時に到着。

 

 

さすがに、今回の旅で一番の難所となり、後で走った走行距離を

ざっと見ると1日で約千キロ走ったことになり、達成感。

 

 

 

ハンガリーから、スロバキアへと入国、その後チェコポーランド

そしてまたポーランドへと。

 

 

1日何度も国境を越えました。国というものは、日本の県と県を

またぐようでもあり、不思議な体験をしました。

 

続きは、次のブログで。