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自ずと道はbonheur〜♪

パリで生活し、自分でビジネスを切り開くべくそんなことを備忘録がてらブログに投稿しちょります。

ハンガリーからアウシュビッツ収容所へ、そして最終的にプラハへ。1日1000キロ走行敢行。

 

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当初、今回の旅は2週間かけて、まだ行ったことのない国9カ国

車でまわる計画でした。

 

しかし、予定よりも1日出発が遅れ、かつ出発日も家のお風呂の

水詰まりが原因で午後に出発したことから、予定出発よりもだいぶ遅れての

出発。

 

その為、ハンガリーのブタペストから、次はポーランドクラクフ

行く計画でしたが、残りの日程及び走行距離を考えると、かなりきついと

判断し、今回の旅ではポーランドをパスし、二日へと向かいチェコ

プラハへ向かうことにしました。

 

 

ブタペストからチェコプラハまで車で5時間かかるとのことでした。

その間に、スロべキアを通ることになり、この前行ったブラチスラバ

車から景色を眺めつつ通過しました。

 

そして、初めての国チェコへと国境を越えました。

 

それにしても、このチェコの国を運転して思うのが、至る所で道路工事が

頻繁に行われていました。

 

 

かつての日本の田中角栄時代のような、国土全体でインフラ設備を

整えているような感じです。

 

そして、チェコのブルーノから別の道へ切り替えの際、

あまりの複雑さに別の高速道路へと入ってしまいました。

 

どうにか道を修正しようとしたものの、中々途中で降りる場所が見つからず、

20キロほど道に沿って、進んでしまいました。

 

そこから戻るとなると、同じ道を20キロ走ることになり、

奇しくも、謝って進んでいた道は当初予定していたポーランドへと向かう道でした。

 

 

それならばと、どうせならまだ行ったことのないポーランドへ行くかと、

急遽ポーランへ向かうことにしました。

 

 

ホテルは事前にチェコプラハに予約しており、キャンセルができないので

夜中に到着を覚悟しました。

 

 

そして、ちょっと寄れる場所で、チェコよりとのことで、あの有名な

アウシュビッツ収容所を訪れることにしました。

 

 

 

そこから約3時間ほどかかり、ようやくアウシュビッツ収容所がある

街へと到着。

 

街自体には人が住んでおり、そこで普通に生活している人もいました。

 

 

私としては、戦時中に数万人に上るユダヤ人の大量虐殺が行われた場所でも

あることかr、現在収容所の近くに、人が住んでいるとは思いもしませんでした。

 

 

月日が経過し街自体も少しづつ再生へと向かっている証拠とも言えるのでしょうか。

 

 

さて、いざアウシュビッツ収容所到着。

 

 

目の前には塀に囲まれた、無機質な建物が並んでおり、映画やTVなどで

見たあのアウシュビッツ収容場がありました。

 

 

本当の世界が目の前に、普通に存在しており、私がこれまで歴史で

学んび、本などでも度々出ていた収容所が目の前にあるということが、

信じられず。

 

どこか現実に目の前にあるものが、自分の中でピンと来ず。

どこかリアリティーにかけるというか、あまりにも自然にそこに

存在しているのが信じられませんでした。

 

 

中に入って見学したかったのですが、等尺したのが夕方であり、

中を見学することができず、残念ながら外から見学するのみとなりました。

 

 

 

しかし、実際にアウシュビッツ収容所を見ることができて良かったです。

 

 

ここから、チェコプラハまで車で5時間。

 

 

ナビもなかったので、日が沈む前に出発しようと、そこを離れました。

 

 

そして、またポーランドからチェコへと国境を越え、ところどころ

休憩をしながら、夜中の1時に到着。

 

 

さすがに、今回の旅で一番の難所となり、後で走った走行距離を

ざっと見ると1日で約千キロ走ったことになり、達成感。

 

 

 

ハンガリーから、スロバキアへと入国、その後チェコポーランド

そしてまたポーランドへと。

 

 

1日何度も国境を越えました。国というものは、日本の県と県を

またぐようでもあり、不思議な体験をしました。

 

続きは、次のブログで。