自ずと道はbonheur〜♪

写真を中心にパリの出来事、旅、備忘録を含めた写真家ブログ

『俄』生き方に勇気を与えてくれる本

中学生の頃、初めて司馬遼太郎氏の

国取り物語を読んでからと言うもの、

この作者の本はほとんど読んだような気がします。

 

 

俄―浪華遊侠伝 (講談社文庫)

俄―浪華遊侠伝 (講談社文庫)

 

 

パリに来る時も、司馬遼太郎氏からの本を何冊か

必要だと思い持ってきた本を、引越しの準備中に

久々に目に触れて読み出しました。

 

この本はパリでも2回は読み直しており、

既にこの本4、5回読んでいます。

 

 

無意識にこんな人のようになりたい、

生きたいなと思うこともあり、

今の自分に必要なことなんだとこの本を

読むたびに思っています。

 

この作者の本では、戦国時代、幕末時代、

明治時代の日本の戦時代の歴史小説を

主に書かれており、そこに登場する人物は、

多岐に渡ります。

 

私が思うのは、真理に沿った生き方を
している人は、長生きをしています。

 

具体的に言うと、世の中のために

役立つようなことをしている人、

平和のために人生を捧げた人。

 

もちろん、変えられない宿命を持って

生まれた人は、短命の人もいます。

 

この本の登場人物は、最終的には自分を

遊侠だと思っており、命を粗末にすることが

自分の稼業だと言っていたのにも関わらず、

90歳近くまで生きていたようです。

 

この本は、今の自分たちにも欠けてしまった

覚悟を学べる本だと思います。

 

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向こうが笑顔を見せてくれるからと言って、

ずるずると泊まり込んでしまうと言うのは、

天下無宿を持って性根の底を決めている

万吉には、あってはならぬことと思っている。

(薄みっともない)

おれは毅然として世に立つべきだ、

と言う自分への要求がつよい。

 

 ど根性ひとつがすわれば、こうも楽々と銭が

入って来るものか、と思った。

 

 

(死んでも言わんぞ)と、

心中決めていたいた。これが修行や、と

おのれに言い聞かせてもいる。

 

「わいは人間の屑や」と、いきなり大声で言った。

「屑が死のうと生きようと、天童様にはなんの

かかわりもあらへん。せやろ」妙な演説である。

 

「人間生きていることがそもそもがふしぎやのに、

死ぬことがわかるかい」

 

(おのれ、人の生き死を笑いくさって)万吉は腹が

立ってきた。自分一人が俄芝居の喜劇役者のように

思えてきた。(省略)

(あの与力が寝酒を飲みくさるときには、

おれはこの世に居らんやろ)と思うと、万吉は

情ないようなわが身が滑稽なような思いがしたが、

(向こうはお役所が商売、こっちは

おっしょこちょいが商売)と思うと、

諦めがつくような思いもした。

 

「しかし最後にききたいが、親方はなののために
ここまで親切にしてくれる」

「これが、稼業やがな」仁侠か、と言う意味だろう。

 

(なんや打ち首にでもする気かいな)

と思ったが、万吉は悠然と箸を取り、箸を使うごとに三十六回

数を数えて噛んだ。うろたえてみっともない食べ方を

したくなかったのである。このやせ我慢も、

万吉にいわせれば「稼業」

 

「あほかい。もともとこの稼業は死ぬことが資本で

看板や。この土壇場になって逃げたとあれば稼業は

めちゃくちゃや」

 

「おれの俄も終わったな」と思うことが、しきりだった。

人の世は一場の即興芝居のようなものだ、と思っている

万吉は、思いがついそこに落ち着く。

 

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この本を読んでいると、自分が

恐れていることや悩んでいること、

全てのことがちっぽけに思えてきます。

 

胆力が練れる人は、今のこの時代

そうはいないと思います。少しでも

こう行った司馬遼太郎氏の小説で

出て来るような、胆力を持った

人間になりたいなと思います。

 

そして、時代は違えでも同じ日本人、

些細なことに神経過敏になることなく、

大胆に生きて生きたいなと

思わせてくれる本です。